この腐った世界に花束を 01話



 体中から溢れてくる血が止まらない。
 この血を嗅ぎつけられたら、もうあたしはおしまいだ。
「だ…れが…」
 誰がアンタらに命をくれてやるものか。
 アンタらに命をくれてやるくらいなら、あたしとは正反対のヤツらの手によって殺されたい。
 正義超人の手によって死んだら、正義超人に生まれ変われるのだろうか…。
「バカ…みたい…」
 悪行超人のあたしが正義超人なんかになれる筈がない。
「チッ」
 ああ。追っ手がきた。
 あたしはもうこんな所に居たくないんだよ。
 d.m.pなんかに…。
 もう十分だろ。…人や超人を殺すのは…。





 ドサッ!!

 大きな音がして『現れた』塊に、ランニングに出ていた伝説超人ブロッケンJr.とその弟子のジェイドは構えた。
「だれだ!?」
「ジェイド、待て」
 とっさに攻撃しようとする弟子に、ブロッケンJr.は静止の声をかける。
 ジェイドは気付かなかったが、文字通り落ちてきたその塊が戦える状態でない事にブロッケンJr.は気付いていた。
「レーラァ?」
「大丈夫だ」
 その言葉は弟子に向けたのか、落ちてきた塊に言った言葉なのか…。
 ブロッケンJr.は落ち着いた低音でそう言うと、突然現れて蹲ったまま動かない塊に近づいて行く。
 近づくほどにきつく感じる臭いに若かった頃を思い出す。あの頃は自分や仲間そして敵と戦っても、この臭いを嗅いでいた。そう、この臭いは血だ。
「…女?」
 返り血もあるだろうが自身の傷も深い。筋肉はついてはいるが、どう見ても女性…年の詳しくは分からないが、女性と呼べる外見だった。
 髪の毛は長い部分もあるが、切られたような短い部分の長さもあった。
「お前…超人だな」
 普通の人間ならこんなに怪我を負っていれば命を落としているのに、荒く息をついているとはいえ、まだ息があるのは超人しかいない。
 ブロッケンJr.の声にうっすらと目をあけた超人は、瀕死の状態だと言うのに目は光を失っていないようで、睨みつけるようにブロッケンJr.を見る。
 ジェイドが目にはいっていないのは、少年と思って侮っているのかそれとも、一瞬で自分とジェイドの力を読み取り、瀕死の状態でもジェイドにはやられないと思っているからなのか…。
 後者の方だとブロッケンJr.は思い、超人の口が動くのを待った。
「オマエとは…正反対のところに…いた…」
「悪行超人か」
「そう…だ…」
 超人が答えにジェイドは再び構えるが、師に視線だけで止められると、傷だらけの超人を睨みつけた。
「どうしてここにきた?」
「あたしを…殺せ…」
「何だと?」
「アイツらに…こ…殺さ…れるぐらい…なら…正…義…超人…に殺され…た方がいい…」
「あいつらとは?」
「アイツらだ…自滅するのにあたしも巻き込まれた…もうアイツらの言いなりにはなりたくない…だから…殺せ…」
 一歩ずつ近づきながら尋ねるブロッケンJr.に答えながら、グッとブロッケンJr.の服の袖を握り締める。
 力はもうない筈なのに、懸命に握り締め『殺せ』と繰り返すのをジェイドは黙って見つめていた。
 自ら悪行超人だと名乗った者は、師に攻撃を仕掛ける事をしない所を見ると、本当に体力がない事がわかる。
 生きる事に懸命だったジェイドはそんな風に『死』を求めた事がなかった。だから『生きたい』ではなく『死にたい』と願う彼女が理解出来ない。
 師を見ると、握り締められた手を振り払う事なく、彼女を見つめていた。
 その瞳は鋭く、修行を受けているとき以上の物で、その時にジェイドは初めて『正義超人のブロッケンJr.』をみた気がした。
「お前、名は?」
「……」
「それはお前の親がつけた名前か?」
 ブロッケンJr.の質問に、答えずにグッと唇を噛み締める。
 その仕種で、ブロッケンJr.もジェイドも気付いた。彼女が悪行超人でいる訳を。
「早く…殺せ…」
「…わかった。殺してやろう」
「レーラァ!?」
 黙って会話を聞いていたジェイドは思わず叫んで師をみる。
「あり…がとう…」
 ブロッケンJr.の言葉を聞いたはフッと笑うと、力を入れていた手の力を緩めた。
 そのまま手は下へと落ち、も目を閉じた。
「気を失ったか」
 殺すと聞いて安心するのもおかしな話だ。そう呟いたブロッケンJr.は完全に気を失っているの体を支えていたのだが、彼女の体に違和感を感じた。
「レ…レーラァ!!」
 離れた所で見ていた弟子の方が変化を敏感に感じ取ったらしく、師を呼ぶ声は何かに驚いたような声だった。
 の体が光りだしたかと思うと、その光りが彼女の体を包みこんだ。
「ッ!?」
 驚いたブロッケンJr.は彼女を放してしまうが、支えを失っても彼女の体は落ちる事もなく、光りをまとったまま空に浮いていた。光りはしばらくすると大きくなると、すぐに小さくなって消えていった。
 光りが消えると、そこには先程のの姿はなく、ジェイドと同じ体型の少女の姿に変わっていた。
「どういう事だ?」
「レーラァ…」
 それでも彼女がだとわかるのは先程と同じ傷を負っていて、髪の毛も同じように半分ほど長く、残りが短かったから。
 幼い姿になると、傷がますます痛ましく感じる。
「先に傷の手当てだ」
 超人とはいえ先程の姿でも重傷なのに、こんな幼い姿ではいつ命を失ってもおかしくはない。
 死を望んでいる彼女だが、このまま死なせる訳にはいかない。ブロッケンJr.は彼女を抱えて邸へと入って行く。
「ジェイド、何をしている。お前も入ってこい」
「Ja!」
 ブロッケンJr.の声に背筋を伸ばして返事をしたジェイドも後を追う。聞きたい事はたくさんあるが、どう言って聞いていいか分からなかった。