逢いたくて



『Jr.なんか大嫌い!!』
『俺だっての顔なんぞ見たかぁないぜ!』
 否定した。
 そして否定された。
 だからこんな事になったんだ。
!!』
『ブロッケン!!』
 トレーニング室の一角で言い合っていたJr.と私を見ていた超人達が慌てたように駆け寄ってくる。Jr.と私に先の言葉を言わせないようにしたけど、頭に血の上っていた私はそんな事お構いなく叫んでいた。
『帰る!!』
『ああ。帰れ!!』
 言わなきゃ良かった。あんな事…。
 後悔しても、もう遅すぎて、光の玉が私を包み込んだかと思ったら、私は元にいた私の世界に帰ってきていた。
 私…の恋はそれからずっと続いている。






 あんなに『帰りたい』と思っていた世界だったのに、気付いたら私は布団の上で、5年も向こうの世界にいたのが嘘の様に、何も変わってなく目が覚めた。
 向こうの世界へ行く前と同じ生活が続いている。
 年をとったはずなのに、歳月はまったく変わりなく、5年前の姿に戻っていた。
 時々夢に見て、悲しみと後悔で目が覚めては、溢れてくる涙に驚くけど、大学を無事に卒業し、大変な就職活動も乗り越えて、正社員になって働いている。
 彼らの頑張っている姿を思い出したら、私も頑張らなくちゃ! と言う気持ちが出て頑張れた。ある意味、私も彼らから友情パワーを受け取っていたのかも知れない。
「…友情パワーか…懐かしいな」
 どんな困った事が起こっても、彼らの事を思うと不思議と力が沸いてくる。
 向こうの世界に行っても、こうして帰ってきてもそれは変わらなかった。
 だから、まだこうして彼らと繋がってると思うと嬉しくて仕方がない。
「Jr.もう…5年経ったんだよ…」
 別れた時と同じ年になった。
 窓を開けて空を見て呟く。
 友情以上のものを勝手に思っていた人を想い描きながら…。
 彼―ブロッケンJr.―との最初の出会いは最悪だった。そして、最後の別れも最悪だった。
 それでも彼が好きだった。
 なにかというと、口喧嘩ばっかりしていたけど、それでも彼のそばに居たいと思ったのは事実。
「なんであんな事、言っちゃったんだろう…」
 普段は仕事が忙しくて考えられないけど、今日のような休みの日はいつも彼の事を考えている。
「…逢いたいなぁ」
 彼は『別の世界の人なんだから』で済ませれば良かったんだ。
 だけど、私の心はそう考える事は出来なくて…。
 親切心で渡される見合い話。
 Jr.の怒った顔がすぐに浮かんできて、話を断っている。
 彼以外に『好き』という気持ちがわかない。
「Jr.は私がいなくて少しでも、淋しいとか思ってくれた?」
 答えは返ってくるはずなんかないのに。
「逢いたいよぉ」
 今なら、喧嘩せずにちゃんと言える。恥ずかしくて、言えなかった気持ちを。
「Jr.が好き…。もう…帰れなくていいから、ちゃんと言いたい」
 別れる時はあんな顔じゃなくて、笑顔をみたかった。
 あんな怒った顔だから…笑顔で別れられたら、こんな思いをする事なんてなかったのに…。
 ううん。違う…。
 どんな形で別れても、私はずっとJr.の事を想っている。
 今はそう思う。
「Jr.が好き。この気持ちは変わらない」
 晴れた空に、頬を撫でる風にそう告げる。
「さぁ~て、見合いを断ってくるか!」
 自分に気合いをいれるようにそう言って、窓を閉めようとしたその時だった。
 空で何かが光った。
「何…あれ…?」
 こんな時間に星なんか見える訳なんかないし、雷のようなものでもない。
 一瞬だけ光ったかと思えば、その光は体を包みこむように纏わりついてくる。
「…ッ…!!」
 あまりの眩しさに思わず目を閉じる。
 目を閉じたはずなのに、体に纏わりついた光は、一際輝いた…そんな気がした。
 そう…この感じは私が向こうの世界へ行って…そして帰ってきた…その感じと似ていた。









 体に纏わりついていた光が消えて行くのがわかる。
 眩しいと思う事もなくなってから、ゆっくりと目をあける。
「こ…ここは…」
 目の前に立つ、大きくそして古い洋館。
 見覚えがあるその場所に私は誰にか分からないけど、深く感謝した。
 そうそこは、以前訪れた事のあるドイツのブロッケンJr.の屋敷だったから。
 次元も場所も跳び越えてこれたこの場所。最後に喧嘩してわかれた場所。
 ここに彼がいる。
 そう確信して、古めかしいドアに駆けて行った。

 ドンドン!!

 呼び鈴のない玄関だけど、超人の彼にとっては何の不自由もなかった。
 超人でない私にとっては不自由だったけど。
「Jr.! Jr.!」
 5年も経ったんだ。彼は私の事なんか忘れているのかも知れない。
 だけど、それでも彼に会いたかった。ただ、それだけの為に、この世界に『戻って』きたんだ。








 そこに現れたのは、軍帽を被った超人。
「……?」
 低めの渋い声…だけど、この声は…。
「Jr.!!」
 戸惑った雰囲気の彼に飛びつく。
「逢いたかった! ずっと逢いたかった! Jr.でないとダメだった」
 名前を呼んでくれたのに、Jr.の腕は私の背中に回る事はなく、ずっと戸惑ったような雰囲気をまとっている。
 もしかして、もうJr.は私の事なんかどうでも良いんじゃないのかな?
 そうだよね…もう5年も経っているし…。そう思って顔を上げたら…。
「じゅにあ…? 年…取った…?」
 思い描いていたJr.はいなく、そこには壮年の超人。
 私、間違えた!? でも、確かに私の名前を呼んだよね。
「Jr.…だよね?」
…なんで変わってないんだ?」
 服を掴んでいる私を見下ろしながら、Jr.は不思議そうに言う。
 変わってないって何?
「5年経ってるのよ? 変わってない事ないでしょ?」
「はぁ!? もう20年以上経ってんだよ!!」
「え!?」
「あ…あの…」
 20年以上って!? なにそれ!? そんなに年数が違うってあっても良いの!?
「あの…」
 あれ? この子…誰?
 ヒョッコリと廊下に顔を出している緑のヘルメットを被っている子に、Jr.は優しい顔で笑みを浮かべて名前を呼ぶ。
「ジェイド。こっちへ」
 Jr.にジェイドと呼ばれた子どもは、トタトタと廊下を歩いてきて、その小さな瞳で私を見つめてくる。
 この子…もしかして、Jr.の子ども…?
、この子が俺の…」
「そう…よね…そんなに経っていたら、結婚して…子どももいるよね…」
「おい、?」
「私だってお見合いしたりしてるもんね…今更よね」
「見合い…? どういう事だ? おい!!」
「ごめん、Jr.子どもの前でこんな事して」
 掴んでいた服を離し、Jr.から離れる。
 Jr.が何か言っているけど、耳がJr.の言葉を拒否しているみたいで、何も聞こえない。
 これが自業自得という物だ。勝手にJr.の前から消えて、Jr.に逢いたいから戻ってくるなんて、なんて都合のいい話。おまけにあれから20年以上も経っているなんて…。
 でも…。
 Jr.に逢えただけでも良かったと思わないと。
 そうだ。今度こそ笑顔で別れないといけないよね。
「それじゃ、Jr.私行くね」
「どこ行くんだ? 
「一目、Jr.に逢いたかったの」
 そう言って精一杯の笑顔をすると、背中を向けた。
!!」
 腕がグッと引っ張られ、Jr.の元へ引き寄せられる。
「お前、また俺の前から消えるのか?」
「いない方が良いでしょ」
 子どももいるし…。
 呟くと、Jr.はバッと振り返って子どもをみる。
「バカ! こいつは俺の弟子だ!! 俺は結婚してねぇ」
「何言って…そんな事言って…」
「あ…あの!!」
 焦ったような幼いこえが下から聞こえてくる。下を見れば、ジェイドが何かを言おうと必死になって言葉を探している様子がわかった。
 何を言われるのだろう?
「おれ…本当にブロッケンレーラァのシューラーなんです」
「シュー…?」
「弟子だ。こいつは弟子のジェイド。俺はあれから自棄になって…こいつに会って初めて生きる道を取り戻したんだ」
「自棄…って…あんたが私を要らないって言ったんでしょ!?」
「お前が帰りたそうにしてるからじゃないか!!」
「どうしてそういう所だけ、大人ぶるのよ!?」
「お前だっていつも姉貴ぶっていただろ!?」
 ジェイドはおどおどしながら、言いあう私達を見上げている。
 こうやって言い合える事が嬉しくて、Jr.に逢えた事が嬉しくて、ジェイドはJr.の子どもじゃなくて、弟子だと分かった事が嬉しくて、Jr.も私と喧嘩した事を後悔してくれていた事が嬉しくて…、色んな感情が頭の中を駆け巡っていた。
 そんな私の様子に気付いてくれたのか、Jr.はジェイドの頭をポンと軽く叩く。
「ジェイド、トレーニングに行ってこい」
「でもレーラァ…」
「ちゃんと今日のトレーニングが終わったら説明してやる」
「Ja! レーラァ!」
 背筋を伸ばしてそう言ってから、ジェイドは外へと飛び出して行った。
 そんなJr.は本当に…。
「ちゃんと師匠しているんだ」
「当たり前だ。あいつは俺の超人としての全てを渡すんだ」
 嬉しそうに弟子の姿を見つめるJr.に思わず微笑んでしまう私。
 ああ。あの悲しかった気持ちがすべて消えていくみたい。
「年はとっても、そういう所は変わらないね」
「お前も変わってない」
「5年しか経ってません」
「そうか? 本当に変わってないぞ」
 そのJr.の言葉に気付く。そうだ、私にとっては5年経っているけど、全然変わってないんだ。
「どうした?」
「あのね。Jr.」
 本当の事を話すと、「やっぱり変わってないんだな」と笑って頭をポンポンと叩く。
 その仕種がどうも幼い子にするみたいで・・・。
「なによ」
 ぷぅ。
 頬を膨らませた私に、Jr.が笑う。
 この笑顔。20年以上の月日は彼を青年から壮年へと変えてしまったけど、笑顔は変わらない。
 ううん。本当は変わっているけど、その笑顔にある瞳は私の知っているJr.のままで。
「俺もやっぱりじゃないとダメだ」
「っ…!」
 抱きしめられて囁かれた言葉に、今まで我慢していたものが溢れてくる。
「泣きむしになったな」
「じゅ…じゅにあのせいだもん…」
 からかうような言葉も彼の照れ隠しだって分かっている。
 ちゃんと答えられないのは、声が震えているから。
「お前と喧嘩別れした事をずっと後悔してた」
「うん。私も…」
「年をくったけど…まだの気持ちが変わらないなら…」
「うん…Jr.がいい」
 背中に回された腕が少し震えている。 
 ちゃんとJr.の顔が見たくて、涙で霞む視界をあげた。
 震える指がそっと私の涙を拭きとってくれ、Jr.の顔が見えた。やんちゃだったJr.の顔は、苦悩を重ねた男の顔になっていて、見惚れてしまう。
「ずっとJr.が好きだった」
「ああ。俺も…」
 視線が合って会話を交わすと、涙を拭いてくれた指にそっと顎を持ち上げられて、Jr.の顔が近づいてきた。
「もう…帰るな」
「私の帰る場所はこのJr.の腕の中だよ」
 触れあう唇。
 Jr.私ね、ずっと貴方と生きて行くよ。








 数年後…。


さぁ~ん!! 俺、ヘラクレスファクトリーに行きます!」
 夕飯の仕度をしている私に、Jr.とトレーニングしていたジェイドは駆け寄って来て言った。
「ヘラクレスファクトリー?」
「ロビンが校長をしている超人の育成機関だ。そこにジェイドも行く事にした」
「ロビンマスクが…」
 懐かしい名前を聞いて呟くと、Jr.も笑った。
「あいつらには内緒にしているんだがな、折をみて会いに行くか」
「うん!」
「俺にも!」
「え?」
「何だ? ジェイド」
「俺にも会いに来てくれますよね? レーラァ、さん」
 体は大きくなっても、子どものようなジェイドに、Jr.と顔を見合わせて微笑みあう。
 初めて会ってから、日を追うごとに慕ってくれるジェイドは、私とJr.の子どもみたい。それが嬉しくて、ますます笑ってしまう。
「当たり前よ。ジェイド」
「ちゃんと勉強して、立派な正義超人になるんだ。ジェイド」
「Ja! レーラァ、さん!」
 そう言って背筋を伸ばしたジェイドは、ヘラクレスファクトリーへと旅立った。
 Jr.と一緒にジェイドを見送った後、広いブロッケン邸の庭で空を見上げる。
 今頃宇宙船の中にいるんだろうか?
 ふと、肩にぬくもりを感じて見ると、肩にJr.の手が乗せられていた。
「何を考えてる?」
「ジェイドがいなくなって寂しいなぁ。だけど、Jr.と2人で嬉しいなぁ。ジェイドごめん」
 思っている事を正直に言葉にすると、Jr.は笑った。
 ジェイドが旅立って寂しいと言う思いもあるけど、これからJr.と2人だって言うのは少し嬉しい。
 ごめんね、ジェイド。
 誰よりも、あなたが立派な正義超人として成長するのを楽しみにしているよ。
「俺も一緒だ」
 笑いを止めて、Jr.がそう言うと二人でまた笑い合う。
 Jr.がいて、ジェイドがいる。こんな素敵な出逢いをありがとう。
 誰にか分からないけど、感謝して、Jr.と唇を合わせた。






おわり
なんだこれ!?(こればっか…)
Jr.には幸せになって欲しいんですぅ~~~!!
なんか甘ったるくてごめんなさい。