奇公子奮闘記 1

 改まって言うのも何だが、俺はある女にベタ惚れだ。
 始めは、俺の使用しているジムの前を完全スルーして行く変な奴だと思った。
 女だと判断するのも難解な格好で声を掛けて彼女と話してみても、その印象は変らなかった。
 俺が知っている様な女とはかけ離れた価値観と、俺に対する態度。
 は俺を折り畳み傘で容赦なく殴り――アレは俺が悪かったんだが――喋っていても気に入らない事には噛み付いてくる、物怖じしない度胸ある女だ。
 だがモノを大切にしたり、どこか優しかったりと……まだまだ俺の知らない色々な一面を見せてくれるだろう。
(……さて、行くか……)
 今日のトレーニングメニューを終え、いつもの客室で待っているアイツの所へ行こうと、俺はベンチプレスから起き上がる。
 セコンドのクロエ――もとい伝説超人・ウォーズマンが居なくなった都内にあるこのジムは、万太郎達を始めマルスまでが出入りする様になった。
 理由は当然、だ。
 アイツらは暇になったら此処へやって来て、居ればと会話をする。
 居なくてもが来るまでトレーニングするだの何だので、居座る。
 騒がしい事この上ないが、まあ、スパーリング相手には困らんのでヨシトスル(容赦はしないが)行く前にバスルームで簡単に汗を流し、ジャージから普段着へと着替え、客室へ行った。
 木製の扉を開けてまず見えるのは、の小さな背中だ。俺が横になっても平気な設(しつら)えをした巨大なソファーに座るのがは好きらしい。
 いつもそこに座るので、俺はの対面にある一人掛けのそれへと腰を下ろす。みれば両耳にイヤホン、手には文庫本を持っている
「………ああ、ケビン。お疲れさ〜ん」
 そのせいで俺を認めるのが遅れたのだろう。
 文庫本から視線を上げ、イヤホンを片方外して眼鏡の奥にある目を細めてから労いの言葉をくれた。
「ああ」
 何となく心地好い関西の訛りが耳をくすぐる。
 しかも室内でもキャップを被るが、珍しくそれを取っていた。それで髪も括り直したのだろう……普段より括っている位置が高く、黒い尻尾が白い首回り周辺にある。
 が顔を少しでも動かす度にそれはサラリ、時にふわりと動き、不思議な感じがした。女らしいというのか、似合っている、というのか……俺は、こっちの髪型をしているが好きかもしれ……

  勿論! 普段のも好きなのだが……より好きだ。
  無論! 俺はの外見を好きになった訳ではない!
  俺はの中身に惚れたんだ!!

「ケビン。さっきから誰に向かって喋ってんのん? 立ってガッツポーズまでして」
「ハッ!? いや、すまん。つい興奮して、読者に熱弁をふるってしまった」
「その喋り方、ロビン校長みたいやでぇ?」
「あんなのと一緒にするんじゃねえ!!」
「あっははははッ! ゴメン、ゴメン」
 クッ……! 何て可愛い笑顔なんだ!!
 白い歯を見せ、声を立てて笑うは正しく俺のストライクゾーン!
 怒る気は途端に失せ、押し倒したいという衝動に駆られる。

 再び視線を文庫本へ落としていたは隙だらけで、押し倒して下さいといわんばかり。
「ん――……どわあああ!?」
 なので、押し倒した。
 俺が寝ても平気なそのソファーに座っている無防備なが悪いんだ。
「アンタ・何すんねんな! 危ないなぁ!」
「顔と悲鳴が全く合ってないぞ」
「私に女らしさを求めるでない」
 押し倒した時に片耳に残っており落ちたのイヤホンを俺は拾い上げ、テーブルに投げた。当然、手に持っていた文庫本もだ。
「嫌か?」
「…………」
 が沈黙という答を返してくる。彼女が沈黙するのは肯定の時もあれば、迷っている時もある。
 今のは多分、どう答えようか迷っているんだ。男に――超人オリンピック・チャンピオンの俺に――組み敷かれたこの状況下でよくもまあ、冷静に頭が回転するなぁと関心する。
 もっとこう……冷静さを欠いて、頬を赤く染めたり、抵抗したりして欲しいんだが。俺としては。
 押し倒した時ぐらいのリアクションが理想だな。変なところは冷静沈着。そういうトコロも愛しいんだがなぁ。
「別にイヤちゃうけど……っていうたら、どうすんの? ケビン」
 ――そう来たか。嫌な返し方をしてきやがる。賢いってのも少し困りものだぜ。
「お前は、どうすると思うんだ?」
「さあ? ケビンの思考なんて解らんもん」
、お前……この状況楽しんでるだろ?」
「ん〜……そぅでもないけど……まあ、そうかも」
「なら、俺も楽しませてもらおうか」
「え゛」
 片手での肩を抑えながら、もう片方の手で自分の鉄仮面を取っ払った。
 は俺の素顔を見ると、いつも身体が刹那何故か強張る。大概、俺がマスクを取る時はに触れている時で、筋肉の収縮がよく伝わってくるので気が付いていた。
 ガッ……ガラン……とマスクが床に弾かれ、転がった。
「えっと〜、前言撤回」
「却下。今更遅いぜ……お前が本気にさせたんだ」
「私のせい……!」
 唇にキスをして黙らせ、更に深くしようとしたその時だ。
「ケビン。何をしているんだ?」
 こんな所でこの声を聞くはず無いと思っていた。
 淡々としているけれど、どこか優しさを感じさせる落ち着き払ったこの声が、俺は何故か苦手だ。
「――ラー先生〜〜ッ!!」
 ダディと同じ伝説超人で友人、今はHFの教師をしているラーメンマン。
 ラーメンマンの顔は見えていないのに――声で判断したんだろうな――俺の下に居るの顔つきがあからさまに変った。
 何でそんな嬉しそうなんだよ!?
「ああ、久し振り――……さん。どこに居るんだい?」
「ケビンの下〜〜ッ!!」
「おやおや……ケビン。無理矢理は感心せんぞ。退いてあげなさい」
 ダディと違って感情的に怒らないラーメンマン。淡々としているが、その言い方にはやはり温かさを感じる。
 だから素直に従っちまう俺が居るんだ。
「にょ〜……助かった……」
 彼女の上から退いた俺に、「ほれ、ケビン」ラーメンマンは投げ捨てた鉄仮面を寄越してきので、受け取って被った。
さんも、これからはケビンを煽るんじゃないよ」
「え? ラー先生。私、別に煽ってないんですけど……」

 この鈍感天然奇行女!!

 するとラーメンマンはの頭に手を置いて撫でた。
「そうか。だか、これからは言動に気をつけるようにな」

 甘やかすな! クソジジイ!!

「はーい」
 も笑って返事しやがって!! それを俺に向けろ、俺に!!

 それでも俺はを愛してるんだ!!



 終?

 一回書いてみたかった、ケビンの日記みたいなもん。日記なんて書くのか不明ですが。
 書いている内に流石にちょろっとケビンが可哀想になった(笑)
 もう少し、幸せなケビンを書けたらなぁ(無理だなぁ)
 これはただのアホーな子です。でも愛おしいよ、ケビン。ケビンファンの方、ごめんなさい。
 ヒロインが鈍感天然奇行女でごめんなさい。
 こんなの書いてごめんなさい。ネタの似たりよったりは勘弁して下さい。
 ケビンだからきっと被ると思う。
 何でラー先生やねんと聞かれたら……私が好きだから。
 ロビンに言われて二人の様子を見に来たんですよ、きっと。