ーデンジとの出会い編ー01

惰性のフーガ

序文

 この世の全てが面白く無くなっていた……いや、唯一面白かったことがある。
 機械イジりや電気系統を作る事と、ポケモン。
 だからジムリーダーになった筈なのに、今となってはそれさえも後悔し始めている。
 ――シンオウ地方最強のジムリーダー・電気タイプの使い手デンジ。
 彼は人語を話す生きた抜け殻と成り下がっていた。

第一話

(……相変わらずジムの前にはバッジを入れた大きな箱か……)
 大量のビーコンバッジがひしめき合っている巨大ボックスには溜息を吐く。
 もしかしたらナギサシティのジムが再開しているかもと、コンテスト出場を見合わせフライゴンに乗ってやってきたものの……進展無し。
 かれこれ二週間近くジムの再開を待って寄り道というの名の足止めを喰らっているのも事実だ。
(やっぱり嫌だなぁ……)
 箱からビーコンバッジを一つ取り上げ―――やはり元に戻した。バトルをせずにバッジを獲得するのはの美学に反する。
 ジョウト地方のジムバッジ、カントー地方のジムバッジ、そしてこのシンオウ地方でもは、あの少年サトシと同じ様にずっとジム戦に勝ってバッジを獲得してきた。
(なんでバトルしないんだろう、此処のジムリーダー)
「そこの! 良いバクフーンを連れてるな!」
 突然に声を掛けられと連れ歩いていたバクフーンは同時に振り返る。そこに居たのは赤いアフロヘアの青年だった。歳の頃はと凡そ同じ二十代か。
「コンディションは抜群だし、ポテンシャルも高そうだ! いつでもバトルOKって感じなのがいい!」
「ど、どうも……」
 インパクトが強過ぎる赤いアフロな青年は、「ああ、悪い悪い!」との警戒を見て取ったらしく名乗った。
「オレはオーバってもんだ。シンオウリーグの四天王で、炎タイプを使うぜ」
 炎タイプの使い手だからバクフーンに興味があった成る程、頷ける。だから頭も赤いアフロなのだろうか。
「四天王のオーバさん……初めまして、と言います」
ちゃんか。よろしく。それでここに居たってことは、ナギサジムに挑戦かい?」
「はい。バッジはもう七個揃っているので、此処で最後なんですけど……」
 ズボンのポケットに手を突っ込んでいたオーバはそれを抜いてに詰め寄った。
「バッジを七個持ってるのか!? すまないけど見せてくれないか!?」
「え? は、はい…………どうぞ」
 鞄を探ってバッジケースの蓋を開けながらは四天王オーバに中身を見せる。
「…………恐らく間違いないな。手持ちポケモンを聞いても良いかな?」
「この子バクフーン、デンリュウ、ブラッキー、シャワーズ、サンダース、フライゴンです」
 バッジケースを四天王は新たなナギサジムのチャレンジャーに返しながら次の質問を投げてきた。淡々とがそれに答えると、オーバは腕組をする。
ちゃん。恐らく君はとても強いんだろうな。そこに居るバクフーンを見れば解る。よく育てているし、かなり信頼し合っている。他のポケモンともきっとそうなんだろうと思う」
 真摯にシンオウリーグの四天王を担うオーバは続けた。
「だがデンジの心は恐らく動かせない」
「……『デンジ』?」
「閉ざされた扉の向こうに居るナギサジムのジムリーダーをする奴の名前だよ」
 赤いアフロな男が視線を動かした。無惨に箱の中へと放り込まれ勝利の証とも言えない様なビーコンバッジ達が積まれた奥……ピッタリと閉じ合わさっているガラスドアだ。
「もっと熱いハートを持ってるトレーナーじゃねぇと。ちゃん、君は水タイプと草タイプと地面タイプを三で割った様な性格だ」
 合っている様な間違っている様な例えで自分の性格を分析する四天王。
「だがデンジを揺り動かすのは暑苦しい炎タイプと痺れる様な電気タイプの性質を併せ持つトレーナーだ。そいつと出会えばデンジは起き上がる様な気がする」
「……オーバさんではダメなんですか?」
「オレは暑苦しい炎だけだからな。どうもダメらしい」
 再び両手をズボンの両サイドポケットへ滑り込ませたオーバは踵を返した。
 にこう言い残して。
「デンジとバトルがしたいなら、そういう性質のトレーナーを連れてきた方が良いぜ」



 ナギサジム内部を改造し終えメンテナンスをしていたシンオウ地方最強のジムリーダー・デンジは、機械を弄る手を止めた。
「……ジョウト地方の女トレーナー?」
 親友であるオーバがやって来たと思えば開口一番、
「多分だけどな。良いバクフーンを連れてて思わず声をかけたんだ」
 そんな話しを始めたからだ。
「ナギサジム前で立ち往生、此処のジムリーダーはバトルをしないぜって教えた」
「…………」
 興味が無いと言わんばかりにオーバから視線を外したジムリーダーは工具を持った手を動かし始めた。
「彼女バッジ七個だったぞ」
「…………!」
 しかし直ぐにまた止めた。
「全部バトルで勝ち取ったんだろうなぁ。ゴミみたいに置かれたビーコンバッジを眺めて溜息を吐いてた」
「…………だからなんだよ。結局はバッジを持って帰ったんだろ?」
 吐き捨てる様に言ったデンジは工具を放り投げその場所から移動するのか歩き出すも、
「いや、彼女は持って帰らなかった。ただ残念そうにバッジを元の場所に戻してた」
「…………!!」
 オーバの台詞に電気と機械にかけては天才的な青年はフリーズする。
 殆どの者が楽して手に入ると喜んで持ち去るビーコンバッジを……ましてやバッジを既に七個所持しているトレーナーなら大歓迎である筈だ。
「デンジ。お前、本当にこのままで良いのか? お前が望む強い奴とのバトルさえ遠のいてるんだぞ?」
 無言で金髪碧眼のジムリーダーはその部屋を後にした。


(…………バクフーンを連れた女……)
 デンジが居るのは出入り口に設置している防犯カメラの映像をモニターで監視する薄暗い警備室だ。
 巨大なコンソール(制御卓)上で迷い無く十本の指にタンゴを踊らせ、目的の映像を抽出する。
(………………コイツか…………)
 中央画面に映し出されたのは画面越しからでもよく育成されていることが伝わるバクフーンと共にナギサジム前で佇む女。恐らく自分と同年代と思われる女は巨大ボックスの中に詰め込まれたビーコンバッジを一つと取り上げ、何十秒が見つめた後、元に戻した。
 その後、赤いアフロが映像に割り込んで来た――オーバだ。暫しオーバと女は会話をして四天王が姿を消した。残された女はバクフーンに声をかけつつ、ナギサジムを見上げている。
 次いでにこの映像を撮影していた防犯カメラへと向いている……ハッキリと女の顔が映映し出された。だからデンジは素早くパネルキーを叩き一時停止、女の顔を拡大をする。
 ――静かに力強いくせ、どこか冷めた双眸がデンジを見つめてきた。
「…………もしもしオーバか」
 思わずデンジはオーバの携帯電話を鳴らしていた。理由は解らないが、この女の事を少し知りたいと思ったのは事実だ。
「さっき言ってたバクフーンを連れたバッジ七個の女、名前聞いてねぇのか?」