約束 02話



 このごろ、魘される様に夢を見て飛び起きる。
 どうしてだろう? 『ファイティングコンピューター』そう呼ばれる事に、何の違和感もないのに…。
 あれから、人間や超人なんて信じない。そう決めたんだ。
 『氷の精神』を手に入れた今となっては『あんな事』は俺には必要ない。
 そう『約束』なんて…。
「ウォーズマン、準備は出来たか? 行くぞ」
 ノックをした後、バラグーダが入ってくる。
 俺が言葉を持たない超人だと言う事を知っているから、ノックだけで了承を得る言葉を待たずに入ってくる。
 呼吸音で返事して、バラグーダに続いて控え室を出る。
 控え室の出れば、そこはもう戦場。
 俺は負けない。
 彼女を侮辱した人間と超人なんかに…。




 気がつくとそこは控え室だった。
 あれだけ憎かった人間も超人も、今は何とも思わない。
「…負けたのに」
 今まで言葉を発しなかったのが嘘のように、言葉が出てくる。
 閉じ込めていた感情が溢れ出てくるようだ。キン肉マンに負けた事で。
「ウォーズマン」
 ノックと共に入ってきたバラグーダ…いやロビンマスク。
「私は…ずっとキン肉マンに負けた事に、囚われていたんだ」
 そういった彼はどこか変わったように穏やかな表情を見せていた。
「…いい試合だった。お前にとっても…私にとっても」
 差し出されたロビンマスクの手に、自分の手を合わせる。以前は強くなる為に望んだこの人の力。
 今は違う。
 以前感じた事のある何かが、俺の中から飛び出そうとしているのがわかる。
 ロビンマスクが出て行った後、俺はしばらく控え室で飛び出しそうな何かと戦っていた。

 キン肉マンとの戦いの最中、声が聞こえたんだ。
『ウォズ!!』
 その声は俺の知っている声だけど思いだせない。それでも、聞いた事のある懐かしいと感じる声。
 キン肉マンの傍にいた女とは違う女…。―――だと思ったんだ。
…」
 コンピューターのどこかにある機能がその名前を伝えてくる。
 そう、確かにそこにいたんだ。
 俺の名前を呼ぶ彼女の姿が、出会った時のような彼女のままで…。
「…そんなはずはない」
 彼女は死んだんだ。俺の目の前で。
 そうだ。
 死んだんだ…。
「ウォーズマンさん、どうかしましたか?」
 なかなか控え室を出ない俺に、ガードマンが声をかけてきたので、慌てて立ち上がる。
「すまない。もう出る」
 俺はこれからどうすればいいのだろう?
 国立競技場を出て考える。言われるがままに着た日本。
 キン肉マンに負けた俺はこのままこの国にいてもいいのだろうか?
「ウォーズマン!! あくしゅして!」
 突然かけられた声に振り返って下を見ると、小さい子どもが片手を出している。
 俺はこの子の手をとる資格はあるのか?
「握手してやったらどうだ? お前はもう正義超人なんだから」
「…ロビン…」
「その子が待っているぞ」
 戸惑いながらも、小さな手に触れる。
「ありがとう!」
 小さな温かい手。
 ずっとこんな温もりを忘れていた。
「私はしばらく日本にいる。お前も好きなようにすればいい」
 穏やかな雰囲気でロビンはそう言うと、ホテルへの道を歩き出す。
 そして、振り返った。
「ホテルはそのままにしている」
 一言そう言って、また歩き出した。
 そんなロビンの後を俺も付いて行く。
 こんな事、昔にもあった。俺はいつも後ろをついて行った。
 そして、彼女は振り返って笑う。
「ウォズ!!」
「え?」
 呼ばれて振り返ると、競技場でみた少女だった。
 彼女の方もいきなり俺を呼んだ事に驚いたようで、大きな瞳を見開いている。
「ご…ごめんなさい!!」
 口を押さえて走りだす。
 待って…。
 行かせない。
 ヤットアエタノニ―――。
!」
 俺は無意識に彼女を追いかけてその腕をとった。
 自分でも驚くその行動。
 こんな事、コンピューターにはプログラムされていない。
 だけど、今この人と別れてはいけないと思ったんだ。
「あ…あの…」
「す…すまない」
 掴んでいた腕を慌てて離す。
 そんな俺を見て少女は笑う。
「ヤダ…謝るのは私の方ですよ。いきなり呼び捨てしてしまってすみません」
 どうしてだか分からないけどそんな呼び方をしてしまって…。
 そう言って俯いた少女は、首にかけていた布を掴んだ。
 無意識の内に握り締めたらしいその行為は、布を下へとずらし、布が巻いてあったらしいその場所には見覚えのある傷…。
「その傷…」
「え? す…すみません、こんなモノ見せて」
 慌てて布をあげて傷を隠したが、その行動が見えていなかった。。
 その傷は…彼女が受けた傷…。
 どうしてこの少女にこの傷があるんだ?
「君は…なのか…?」
…?」
「いや…そんなはずがない。はあの時に…」
 それに、彼女は大人だった。もし、生きているにしても幼くなるはずがない。
 生きているはずがないのに…。
「…君の名前は?」
「あ…です。
 名前を聞いて安心したようなガッカリしたようなそんな思いを抱く。
 この気持ちはなんだ? 俺は何を思いだそうとしているんだ?

 ―――フウインシタンダ―――

 な…何…? 今の声は…俺…?
 何を封印したんだというんだ? 
「あ…あの…?」
「いや…なんでもない」
「もし…良かったら…ウォズさんって呼んでも良いですか?」
「ああ。かまわない……さん」
「はい!」
 それが俺と彼女との出会いだった。